兼題「百合」 火星句会 2019/07/092019年07月10日 10:49

梅雨寒の日が続き、連日雨模様ですが、この日は一日曇りの予報。寒くて、せっかくクリーニングして仕舞っていた長袖シャツを着て行きました。それでも雨が降らなかっただけ儲けものでした。さて、この日私が出した3句は次の通りです。参加者25名。

    闇夜かな母の活けたる百合香る

夏-百合 これは、私の学童時代の記憶をそのままに句にしたものです。我が家は、毎日のように花を活けるような裕福な家ではありませんでしたが、それでもたまに玄関先に花が活けてあったりしたものです。句会では、残念ながらどなたも採って頂けませんでしたが、紗希先生からは、センスはあると評価していただきました。ただ、<かな>が強いし、語句がきれい過ぎる。<香る>ではなく、<白し>くらいの方がムードがあると批評していただきました。ただ、私の中では甘やかな母親の記憶にも繋がって行くものですから、これはこのままにしておきたいと思います。 

    太陽を飲み込んで咲くダリアかな

夏-ダリア ダリアという花は本当に色々な種類があるのですが、大きくて赤いダリアのことをイメージして作った句です。並選でお一人に採って頂きました。紗希先生は、本当にごく最近、○○さんの似た発想の句を読んだばかりだということでした。○○さんのレベルくらいは行っている。悪くないと(半分冗談めかして)言って頂きました。ただ、花は咲くものと決まっていますから、<咲く>ではなく<緋の>ではどうかと批評して頂きました。 

    ペダル踏み薄暑の朝を生き急ぐ 

   夏-薄暑 この句は、紗希先生を含む3名の方から並選を頂きました。紗希先生は、特選にしたいとも思ったそうです。この句を読む人は、具体的なイメージを人それぞれに描くことが出来るし、<薄暑の朝を生き急ぐ>でカッコイイフレーズになっている、と評価していただきました。朝から太陽の光が肌を焼くような初夏の日、ペダルを一生懸命に踏んで職場に向かっていた、若い頃の私を思い出して作りました。

芭蕉の10年、漱石の10年2019年07月16日 20:31

新潮日本古典集成「芭蕉句集」の巻末にある、今榮藏氏の<解説>を読んでいて驚いた。「芭蕉の俳諧人生は『30余年』におよぶが、(略)『誠の俳諧』の創造に費やした時間は最後の10年間にすぎなかった」と指摘しているのだ。すなわち、41歳で『野ざらし紀行』の旅に出かけ、51歳で大阪で亡くなるまでの10年間である。

この今氏の解説は以前読んでいるはずだが、その時には特に印象に残らなかったものとみられる。今回たまたま読んで気持ちが引かれたのは、まずその10という数字である。10年の作家活動と言えば、夏目漱石のことが思い浮かべられるのだ。『吾輩は猫である』を発表したのが38歳であり、『明暗』未完のまま逝ってしまうのが49歳の時である。

芭蕉、漱石という文学界の両巨星が、本格的な活動期間としては10年しかなかったというのは、一寸意外なことではないだろうか。10年という時間の短さと長さを思う。そして今回、特にこのことに気持ちが奪われたのは、私の人生の残り時間が10年余りに過ぎないだろうと予想されるからだ。

もちろん、私の人生の残り時間は正に神のみぞ知る訳だが、芭蕉や漱石のように、最後まで足掻き苦しみながらも、この人生を生き切りたいと願う。